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落書・1


 少女は男に剣を突き付けていた。腕を真っすぐに延ばして、剣の切っ先を正確に心臓に向ける。男は大木に背を預け、少女を見つめている。明るい茶色の長い髪。穏やかな悲しみに満ちた瞳。息ひとつ切らしていない。それでも、この状況。
 初めて勝った。伝説に近い、得体の知れない強さを持っていたこの男に。男は本当に強かった。少女は毎日修行を欠かさなかったが、それでもこんなに早く勝ててしまう相手ではないのだ。でも、せっかくのこの状況。せいぜい楽しませてもらう。
「アンタを殺すのは簡単だ。だけど殺さない」
 少女は男を見据えて言い放った。
「何故」男は静かに問う。
「それは、アンタがあたしに殺されたがっているから」
「……」男は肯定も否定もしなかった。
「ここでアンタを殺したら、アンタの思うつぼ。だから殺さない」
「死ぬのは、こわいよ」男は呟く。騙されるもんか、と少女は思った。
「アンタには死ぬよりつらい目に遭わせてやろうと思ってる」少女は淡々と言葉を紡《つむ》いだ。「例えば、その両腕を切り落とすとか」
 男は表情を変えない。
「それとも、アンタの大切な、」
 男が動いた。少女は男に突き付けていたはずの剣が右手を離れ空《くう》にはじき飛ばされるのを見た。男はいつの間にか足元に転がっていたはず自分の剣を手にしていた。一瞬の出来事。男の動きは全く見えなかった。男は少女を見つめて軽く息を立てている。
「……やっと本気になった」
 少女は男を見上げて呟いた。鼓動が高鳴っている。この高揚は、何なのだろう。熱いものが込み上げてくる。
 涙で霞んで男の姿が見えない。
「泣いてる女の子を斬る趣味はないから」
 男は優しく言って、少女の頭にそっと触れた。
「畜……生……」
 少女は声を絞り出した。私は全然駄目だ。弱すぎる。もっと強くならねば。
「あたしは……何度でも、挑戦する。いつか、アンタを、ちゃんと斬るから……」
「楽しみにしてるよ」男は言った。きっと微笑んでいるのだろう。
 少女は涙を拭って男に背を向けて駆け出した。