李翠と琉蘭のファーストコンタクト


 身の危険を感じて振り向こうとした時には、もう遅かった。
 首筋に、ヒヤリとした刃物の感触。
 痛くはないが、ゾクッとくる冷たさである。
 あまりに突然すぎると、驚きの声は案外出ないもので、李翠は、その場に凍り付いてしまった。
 こういう場合、無理に振り向けば、どうなるかわかったものではない……。
 李翠は、とりあえず大人しくしておこうと決めた。
 そんな李翠の背後から、こんな状況ではお決まりの台詞が聞こえてきた。
「動かないで。さもないとあなたの命はないよ」
 ……女の子?
 その声は、少女らしい高い声だった。
 思わず振り返ろうとして、李翠は首筋に鋭い痛みが走るのを感じた。
 再び、李翠は凍り付く。
「妙な真似するなって言ってるでしょ!」
 少女が高い声を張り上げた。
 しかし、可愛らしい声なので、全然迫力がない。
「……君さぁ……」
 今度は前を向いたまま、李翠はボソリと呟いた。
「……何か勘違いしてるんじゃないかなぁ」
 李翠としては、見知らぬ少女に刃物を突きつけられるような覚えは全くないのだ。
「何言ってるの! 空き巣野郎の分際で!」
「空き巣野郎? 俺が?」
「その荷物、肩から下ろして! 早く! 返しなさいよ!」
「……? ! ……ご、誤解だー!」
 ようやく、その少女の真意が理解できて、李翠は大声を上げた。
 李翠は確かに、大きな麻袋を肩に担いでいた。
 そして、『立入禁止』と書かれてあった立て札を、「見なかったことにしよう」と黙殺して、ここにずかずかと入ってきた。
 端から見ればただの怪しい奴である。
 しかし。
「俺は何も盗ってないし! 盗ろうと思ってここに入った訳じゃないんだ!」
 と、李翠は必死で弁明した。
「だから! その荷物下ろして! 中身改めるから!」
 少女は全く信じていない。
「分かった。見ていいよ。荷物下ろすから、刃物引っ込めてくれるか?」
 李翠が頼むと、
「ま、いいだろ」
 少女はあっさりと、李翠の首筋から刃物を離した。
「……ありがと」
 李翠は荷物を下ろすと、大きく息をつく。
 そして、ようやくその少女の顔を見ることができたのだった。
 年は、15、6といったところだろうか。
 どうやら李翠よりは年下らしい。
 長い黒髪を、後ろで三つ編みにしている。
 童顔の割には、目鼻だちの鋭い、ちょっとした美人だった。
 彼女は、李翠の顔ををちらりと見ると、すぐに地面に投げ出された麻袋に飛びついた。
 乱暴に紐を解き、中身をぶちまける。
 がらがらがら……。
 まず飛び出したのは、小さな弓と、筒に入った矢が数本だった。
 次には、紐でとじてある紙の束。
 もちろん、硯や筆などの筆記用具も入っていた。
 そして、植物の蔓で編んだ、丈夫で長い縄。
 最後に、どこかの兵士の鎧が出てきた。
「な、何も盗ってないだろ?」
 勝ち誇ったように李翠に言われて、少女は顔を赤らめた。
「……そんな怪しい格好で、人ん家の庭をうろついてりゃ、誰だって空き巣だと思うわよ」
「君の家? ここがぁ?」
 思わず、李翠は声を上げた。
「何だよ」
 面白くなさそうに、少女が李翠をにらむ。
「このテントが?」
 李翠は、四本の木にござを縛り付けただけの、簡単な『テント』を指さして、言った。
「別に前から住んでた訳じゃなくて! 仮小屋なの! あたし、『羅泉国』の人間じゃないもん。ただの旅人だよ」
「で? 立入禁止の札とこの無造作な柵は……?」
「ここから中が、あたしん家の庭なの!」
「君が勝手に決めてるだけじゃないか!」

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 兄がクーデター起こして、彩姫たちと隣国に逃れて…色々あって、何故か李っさん、ぶらり一人旅です。「羅泉」ってのは思い切り敵さん(=兄)の本拠地です。
 この後、この女の子(琉蘭)と「dash」の蓮(20代後半ヴァージョン)を加え、つかの間の奇妙な三人旅が始まるわけでして。…なつかしいな〜幻華シリーズ。