夕焼けに赤く染まった山の中で、
と、そこへ、
「悠都ぉ……」
と暗い声で言いながら、悠都の親友、
「李翠? どーしたんだ?」
悠都は、剣を振り回す手を休めた。
「……俺を斬ってくれ……」
「じ……冗談だろ?」
「冗談」
李翠は無理やり笑うと、自分も剣を抜き放った。
剣を構えて、言う。
「稽古つけて欲しいんだ、悠都」
「……どーしたんだよ急に……」
「別に」
「おい、軍師は筆とお友達なんだろ? 剣なんかしまえよ、早く」
「うん……」
言われるままに、李翠は剣をしまった。
「……どうしたんだよ? 本当に……」
悠都は、自分も剣をしまって、李翠に尋ねた。
「うん……。兄さんの噂を聞いて……ちょっと自己嫌悪……」
うつむいて、李翠は胸のうちを打ち明けた。
「……いい兄さんだったんだよな、
と、悠都は呟いた。
「うん。俺は尊敬してたんだ」
「そうか……。でもなっ」
悠都は、李翠の肩を叩いた。
「問題は兄さんじゃなくてお前だろ。俺達の関係は、お前の兄さんの裏切りだけで、簡単に崩れねーよ」
「……でも、俺、悔しい……」
「え?」
「『李福の裏切り』っていう事実が悔しいんだ……。この事実のために、何人もが悲しい思いをしてるってことがさ……」
「……」
悠都は、何も言えなかった。
その時……。
突然、木の葉がガサガサと音を立てた。
「誰だっ?」
思わず、悠都は大声を上げていた。
「そりゃこっちのセリフでしょ、李翠」
言いながら、木陰から姿を現したのは……
「喬霞……追ってきたのか……」
「そうよ……」
ずっと走って追いかけてきたのだろう、喬霞は、肩で大きく息をしている。
「『李福の裏切り』っていう事実で、一番悲しい思いをしてるのは……あなたよ、李翠。それを自覚しなきゃ」
「喬霞……」
「そんな李翠を見て、私達は悲しいの。だから、あなたが割り切れば、私達の悲しみは消えるのよ」
「……」
「うんうん。喬霞の言うとおり」
悠都もうなずいた。
三人の顔を、夕日が真っ赤に染め上げる。
「……ちょっとぉっ!」
突然、高い声が割り込んできた。
「あたしを置いてかないでよっ! 薄情者ぉーっ!」
もちろん、そこに現れたのは……
「彩姫……」
「何で彩姫まで……」
「彩姫、あなた、お客様はどうしたの?」
「置いてきたわ」
きっぱりと彩姫は言いきり、喬霞は苦笑した。
「……まだまだ、彩姫は『君主』じゃないわね」
「まぁね。ちょっと私情を優先させちゃった」
へへっ、と、彩姫は笑った。
李翠は、驚いて彩姫を見つめていた。
まさか、喬霞だけでなく、彩姫まで追いかけてくるとは……。
……もう、二人に迷惑はかけられないな。
悠都になら、少しは甘えられるかもしれないけれど。
「ありがとう……。俺って、幸せ者だよな」
李翠は、しみじみと呟いた。
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たぶん「魔王クラリス」の頃に書いていた「幻華」です。このあたりが全ての始まりだと思います。
「君主」とか「軍師」ってはっきり役職決まってるのはPCゲーム「三国志4」のリプレイ小説を書こうとしていたからです。
兄のことでちょっと弱気になってる李翠が悠都に甘えているというかなり珍しいシーン(笑)(この原稿発掘したときはびっくりしました)