「姫様、覚悟おおおぉぉぉーーっ!」
突然、男の叫び声が、森の中に響き渡った。
その直後に、木の陰から、ぎらぎら光る剣を抜いた兵士が躍り出る。
「あ……!」
突然のことで、少女はそれしか言えなかった。
その少女めがけて突進し、兵士は、力任せにその剣を振り下ろした。
しかし、その剣は、もう一振りの剣によって受け止められていた。
「何?」
兵士が、信じられないというような顔をする。
いつの間にか、少女の前には、剣を構えた少年が立ちはだかっていたのだ。
「
嬉しそうに、少女が少年の名を叫んだ。
「ゆ……悠都……だとぉっ……」
その名前を聞いた兵士が、わずかに動揺する。
「ふふーん。俺の名前を知ってるのか……。ま、悪い気はしねーなっ」
明るく言って、悠都は口元に笑みを浮かべた。
「くっそぉ、よくも邪魔したなっ!」
所詮は子供だ……そう思って、兵士が悠都に襲いかかる。
「けどなぁっ!」
その剣を自分の剣ではじき返しながら、悠都は叫んだ。
「一度くらい戦場で名乗ってみたいっていう、俺の気持ちもわかってくれぇーーーーっ!」
今度は、悠都が攻める番だった。
剣撃の音が、静かな朝の森に響きわたる。
誰がどう見ても、大人対子供の戦いだった。
しかし、悠都の剣さばきとバカ力は、とても子供のものとは思えなかった。
「俺は、
兵士を大きな木の根元に追いつめながら、悠都は名乗りを上げた。
一度、これをやってみたかったのだ。
「命が惜しけりゃ、とっとと帰んなっ!」
叫びながら、悠都は、自分の剣を思いきり振り上げた。
金属同士がぶつかる音がして、兵士の剣が宙を舞う。
その剣は、
「きゃーっ!」
と叫んだ少女の足元につき立った。
「危ないわね、もうっ! 方向音痴なんだからっ」
何だかんだ言いながら、少女は、その剣を引き抜いた。
そして、その剣を、いつも悠都がするように構えてみる。
「なかなかいい剣だわ。あたし、これ貰うわね」
微笑みを浮かべながら、満足そうに、少女は悠都に話しかけた。
「ろくに使えねーくせに……。それより
言いながら、悠都は、木の根元に座り込んでしまった兵士を見やった。
立ち上がろうとする兵士の首筋に、剣をピタリと当てる。
「こいつ、どうしようか」
兵士は、無抵抗だった。
しかし、目だけは、悠都をにらみつけている。
その兵士の目を、彩姫と呼ばれた少女は、数倍の眼力でにらみ返した。
「この彩姫の命を狙うなんて、大無礼者よね。自分のしたことわかってんの、ええっ?」
彩姫のよく通る高い声が、森中に響きわたる。
そして……。
「悠都、どいて」
「え?」
驚く悠都を押し退けて、彩姫は一歩踏み出した。
手には、あの兵士の剣を持っている。
悠都の真似をして、彩姫は、剣を兵士の首筋に当てた。
「さあ、話してもらうわ……」
「……」
兵士が、ごくりと喉を鳴らす。
「このクーデターの首謀者は、一体誰なのかしら?」
「……」
兵士は、答えない。
「死にたいのっ?」
彩姫が、声を張り上げた。
「……答えれば、殺さないのか?」
彩姫の目を見て、兵士が口を開いた。
「答えなければ、殺すわ」
「……ふん」
兵士が、ため息と共に呟いた。
「お前達も、うすうす気付いてるんじゃないのか……」
「え?」
その兵士の言葉に、彩姫は悠都を振り返った。
その悠都は、黙って、地面を見つめている。
「悠都……」
彩姫は、静かに口を開いた。
「やっぱり、あなた、知ってるんでしょ。このクーデターの首謀者の名前っ!」
しかし、やはり、彩姫の台詞は怒鳴り声に変わってしまう。
「どうして、教えてくれなかったの! どうして、知らないなんて言ったの!」
明け方に、彩姫の寝室に駆け込んできて、誰よりも早く『クーデター』の知らせを持ってきたのは、悠都だった。
その時の悠都の態度を思い浮かべながら、彩姫は、悠都をにらむ。
悠都は、唇を噛みしめると、顔を上げた。
「……首謀者の名前を知ることより、逃げることの方が先だと思ったんだ」
「……」
それを聞いて、彩姫が黙り込んだ。
何か言いかけた言葉を飲み込み、悠都に命ずる。
「こいつ、縛っちゃってちょうだい。こんな所でぐずぐずしてられないわ。少しでも遠くへ逃げないと」
もう、首謀者については触れることはしなかった。
彩姫にも、首謀者の正体が見えてきたに違いない。
……きっと悠都の口からは言いにくい人なんだわ……。
……だとすれば……?
「縛っていーんだな? よーしっ!」
悠都は、自分の剣を腰にさすと、丈夫な植物のつるで、兵士をぐるぐる巻きにした。
「じゃあ、行くか」
手をパンパンとはたいて、悠都は彩姫に言った。
「ええ。行きましょう」
彩姫は、悠都の後について、走り始めた。
-----
こ、これは「姫様を守るナイト」ですか?! なんとも美味しいシチュエーションではないですか(笑) さすが幻華。(設定がシビア。)
「悠都」もほとんど主人公ポジションですね〜。