村人1「
村人2「ああ、あの華楠さん。医者の卵の。今日は、陳さんとこの往診日だったじゃないか。出来立ての新薬を試すんだって、笑いながら俺に怪しげな三角フラスコの中身を飲ませてくれたぜ。……陳さん、無事かな……」
村人3「華楠ちゃんなら、そこの池の中で、おでこに梅干し張り付けて、何か呪文みたいなのを唱えてたわよ。何かしら……。えっ?華楠ちゃん、行方不明なの?」
村人4「俺は見たんだ!ホントだって!いかにも『悪役』ってカンジの、20代前半のグラサンヤクザ男が、華楠ちゃんを幻竜に乗せて、連れ去ってったんだ!!」
* * *
「はあああぁぁ〜」
お隣の華さん家の一人娘・楠が、忽然と村から姿を消してから、丸1日が過ぎようとしていた。
村人1〜4の意見を総合してみたところ、導き出される答えはただ一つ……。
「やっぱり誘拐ですよ!お父さん!犯人からの電話はまだですか?逆探知の準備は整ってますか?いや、意表をついてFAXかも……。お父さん!すぐにアキバへ行って留守電機能付きの……」
「落ち着け蓮君!まず、お父さんと呼ぶのはよしてくれ!」
すっかり取り乱している蓮に詰め寄られて、華楠の父は、頭を抱えて悲鳴を上げた。
「ごめんなさいね〜蓮君。あの子、ぼ〜っとしてっからぁ。きっと、大好物の福神漬けにつられて、知らない人の幻竜に乗っちゃったんだわ。あたくしがあれほど注意しといたのにね。でも、ま、大丈夫でしょ。そのうちフラリと帰ってくるわよぉ」
「お母さん!あなたは楽観しすぎっすよ!」
蓮はわめいた。
「うっさい!誰に向かって『お母さん』だって?!少しはお黙んな!こんの、親不孝者の馬鹿息子がっ!」
と、これは、蓮の(本当の)母だ。
「何が馬鹿息子だ!阿呆お袋!俺はただ、華楠が心配で……」
少し顔を赤らめて照れながら、蓮が言うと、
「まぁ〜、ありがとう蓮君。あの子、あたくしに似てちょっとした美人だから、誘拐されちゃったのよね。うふふ」
華楠の母は、目を細めてにっこりと笑った。
だめだこりゃ〜、と、再び蓮はため息をついた。
その時、
「そりゃ、違うね!」
ぴしっと言い放ったのは、蓮の母だった。
「えっ?」
一同の注目が、蓮の母に集められる。
「今時、可愛いから誘拐なんてあるもんかい。目当ては金に決まっとるだろ。華楠ちゃんは……ズバリ、『医者の娘だから』誘拐されたのさ」
自信たっぷりに胸を張って、蓮の母は断言した。
「なるほど〜!さっすが、お袋!」
ぱちぱちと拍手する蓮。
「でも、どうして『医者の娘だから』なのかしら?」
「ふーむ、納得いかじ」
しかし、華楠の父母は、納得いかなげに、首を傾げている。
「そりゃ、『医者』ってのは、金持ちの代名詞じゃんか」
と、蓮が主張すると、
「ふっ、甘いなぁ〜蓮君」
「甘すぎるわ……蓮君……」
ナゼか暗い表情になって、華楠の父母は呟き……。
そして、
「がああぁぁぁーーーー!!」
突然、華楠の父は吼えた。
「閉店時刻じゃよ、蓮君!とその母さん!さぁ〜出てけー!」
箒をぶんぶんと振り回しながら、父が叫び、
「帰れ帰れ〜!うりゃあ!」
塩をたっぷりばらまきながら、母が叫ぶ。
「……何か悪いこと言ったか?俺は……」
二人の剣幕に、目を丸くしながら、蓮は呟いた。
「禁句だったんだろーね。仕方ない、退却だ、蓮」
蓮の母が言って、二人はすごすごと、華楠の家から退散することにしたのだった。
* * *
「何?華楠の家はボンビーだったのか!医者の家なのに!」
たくあんをポリポリかじりながら、蓮は叫んだ。
「知らなかったのかい?馬鹿じゃの〜」
十六茶を啜りながら、蓮の母。
二人での、楽しい(?)夕食のひとときだった。
「……俺、恋人失格だ……」
蓮は、がっくりとうなだれた。
「安心せい、華楠ちゃんはアンタのこと、何とも思っちゃいないから」
と、母はにこやかに宣言した。
「……じゃあ、もし、脅迫状か何かが届いたとしても……」
「高額だったら払えないかもね、あの夫婦は。どうやら保険にも入ってないみたいだし……。ウチは入っとこうな、蓮」
「んな!じゃあ華楠はっ!ち、ちきしょー!」
ガタリと立ち上がる、蓮。
「どこ行く?」
母の尋ねに、
「決まってるだろ!俺が、華楠を救い出す!……くぅーっかっこいいっ!」
そう言ってから、蓮は自分で照れて、家の周りを四周半してきた。
しかし……。
「……阿呆か手前は!」
それを聞いた母は、躊躇なく、蓮の横っ面をハリセンで殴り飛ばした。
木の葉のように吹っ飛ぶ、蓮。
「無理無理!だって『幻竜』だよ? 敵がそんな力を持ってるんじゃ、アンタ一人で華楠ちゃんを救い出すのは、まず不可能だね。あきらめな、蓮。心当たりもないのに無茶はすんな。大人しく、敵の出方を見た方がいいぞ。さ、きゅうりでも食って、頭冷やしな」
きゅうりに味噌を塗りながら、母は諭した。
蓮は、む〜、と唸ってから、
「……心当たりなら、ある。俺は見たんだ……」
と、少し悔しそうに呟いた。
母が顔を上げる。
「見たって何を?」
「幻竜だよ! ものすごいスピードで東の彼方へ飛んでいく、超巨大な幻竜だよ!」
蓮は叫んだ。
「……」
一瞬の沈黙の後、母は呆れたように呟いた。
「……どうしてもっと早く言わんかった?」
「悔しかったから……。だって、ホントに華楠が……気付かなかったなんて……一生の不覚だろ……」
「……で。どこが『心当たり』なんだい?」
「東」
「……寝ろ」
蓮の母は、ぱちんと、部屋の電気を消した。
あたりが真っ暗になったところで、
「うぉぉぉ〜!茄子お袋〜!」
蓮はひとしきり暴れてから、布団に潜り込んで、眠った。
……ように見せかけた。
* * *
次の日の、朝……。
『旅に出る。帰宅日未定。再見。蓮』
短い書き置きと、空っぽの蓮の布団を目の前にして、
「……ま、さっすがあたしの息子ってとこか」
ため息と共に、でも、少し優しげな目をして呟く、蓮の母がいた……。
続く(らしい)
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幻華シリーズの原稿はけっこうあります。シリアスからギャグ風まで各種。(これはギャグ風幻華)
ダッシュってのは本編に対する外伝です。一発変換「奪取」だったのですが、かけているわけではありません(でも中身はまさしく「奪取」だったり)
それにしても
医者の娘カナン…。ルイリリのエンリッジの姉カナンのルーツはここですね。すると蓮=エンリッジ? …まあ、確かに蓮はエンリッジのルーツの一人でしょうけど。